おかかとこんぶ

社会人も新潟県民も1年生。シェアハウスに住みつつ、地域から遠い人と近い人をつなげるしごとをしています。暮らしやしごとのこと、気合いと脱力でかく。

飯塚さんに支えられてる

2016年5月16日のブログ*

 

どうも、井上です。東京は今日も人が多いです。

電車に乗りながら、今日も終わった〜〜とため息。

就活やら大学やらその他のやりたいことを毎日くぐり抜けてく中で、 感情や考え方の波はゆらゆら、ゆらゆら。

朝と夕方でも考え方が変わります。変わるというか、追加される感じか。

それくらい新しく知ることや感じることが多いのね〜

基本的には毎日楽しくしてます。そうじゃないと、私は生きていけないから。笑

就活も、ときめきと素直さを大事にしてたら、結構しんどくなくできています。

 

そうそう、こうなれてる理由のひとつに、ゴールデンウィークに感じた新潟の存在があります。

もっと言うと、飯塚さんの存在。

その話を書こうかなと思いました。

 

バスなどの関係で、今年のゴールデンウィークはまるまる一週間くらい新潟にいました。 (先生には内緒)

そして、その一週間、ほぼずっと、飯塚商店のおうちに泊まっていました。

去年は近くのアパートにいたのだけど、今はさくらちゃんあいりちゃんの家だし、SNSなどでは連絡が取れない飯塚さんと 新潟にいる時くらい一緒にいたいなと思ったから。

その5,6日間くらい、 毎晩飯塚さんと静かにお茶を飲みながら話す時間がありました。

次の日の朝も早いだろうに、 ゆっくり、ゆっくり私と話してくれました。

自分も飯塚さんも、結構話したいことあったんだなぁと自分でもびっくりするくらい、たくさん話したなぁ。

 

正直4月は、就活しながらも、 やっぱり今の私が本当にやりたいことは飯塚商店と一緒に何かすることなんじゃないか、と思ってしまって、思えば思うほどもやもやして、

そしてどこか、「内野に居たいと思い続けること」自体が自分の誠意というか自分を見失わないことなんじゃないかと思ってた。まぁ、それは勘違いだったんだと思う。

私は東京で働く選択肢とまず向き合ってみることが私にとって良いことで、 私にとって良いことを私がしてることが、私の好きな新潟の人達にとっても良いんだと。

そう思えたのは、この時の飯塚さんとの会話があったからです。

何日めかの会話の中で

別に、俺はどこへも行かないし、内野も逃げねぇから、

戻りたいと思ったら 何年か先でも、いつでも戻って来ればいい。

そんなふうに言ってくれたことがありました。

・・・その言葉が、どんなに東京にいる時の私を支えてるか。

あとは、私がする東京でのお米関係のワークショップの話がとても面白くて参考になるから、そういうのをまた教えてくれと。

そういう形でも役に立てるのはとても嬉しいなぁ。 優しすぎる、飯塚さん。

そしてそんな数日間を、特別でなく当たり前のように、ほどよく適当にお互いとても楽なスタンスで、私と同じ屋根の下で過ごしてくれたのが

なによりかにより 遠くても家族だと思う理由で、

それが 今の場所で頑張ろうと思える理由でした。

 

近くの家族も、遠くの家族も、 家族はやっぱり支えです。

私が新潟にいる時も、どこかで東京の家族の存在が私を支えてた。

今度は逆というか、新潟に家族を作って帰ってきたのか、笑

結婚したみたいな言い方だけど笑

でもとても嬉しい。

きっと横浜にいる、飯塚さんの娘さんのまいちゃんもそう思ってます。

まいちゃんとまるで姉妹みたいな心持ち。笑

さて、文章書いてて思い出したらまた元気出てきたので、

明日も頑張りますか。

(ゆき)