今すぐ好きな人と空間に囲まれろ。
人ができていく過程に、興味がある。
できていくというか、人となりが形成されたり、人生が進んでいくにつれて固まっていったりする過程、
肩書とか、何を成し遂げたかじゃなくて、その人からにじみでる人柄や感性や空気感(価値観もかな…)のようなものが何によってできていくのかに、興味がある。
それは、肩書や何を成し遂げたか、何を成し遂げたいか以外の人の情報を大事にしているからかもしれない。
実際、それ以外のことを見た方が、その人のことが分かるし、自分と合うかどうかも分かる。
じゃあそういうものって何で形成されるのだろう。
今のところの答えは、「どんな時間を過ごしたか」だと思っている。
正確に言えば、何に囲まれていたか(触れていたか)だ。
「将来したいことはなにか」という質問をされることは多い。
学校ではそれを聞かれて、あたかも「将来したいこと」が「人生を決める」かのようにうんうんと唸って私たちは考えた。
人を助けたいなら、医者や看護師や自衛隊?
食べ物を作りたいなら農家?
人を育てたいなら先生?
もちろん時代とともに働き方も職業の種類も変わってきているから、「進路選択の時に決めた職業」をずっとやるとは限らないけれど、そういう話ではない。
大事なのは、「何をするか(したいか)」ではなく、「何に囲まれるか」ではないか?という話。
大学によって学生の性格やタイプが違う、というのはよくある話というか、皆実感している話だ。
細かく見れば怠惰な人も優秀な人もどの大学にもいるだろうけれど、
なんというか言語化できない、雰囲気。性格や積極性、内発性、派手さ、好きなモノの趣向などは、「この大学にはこういう人が多い」という傾向がある。
あれはなんでなんだろうか。
答えは結構簡単だ。
「そこで長く時間を過ごしているから」
1年生の時には少なくとも週4,5日、それ以降も1年に何十日も大学で彼らは時間を過ごす。
そこで皆が触れているのは、その大学の色をもった「ヒト」と「空間」だ。
どうしても、染まっていく。
どうしても、まとっていく。
そのときにはわからないかもしれないけれど、卒業して何年かして、自分の中にたしかにあの大学で過ごした4年間が今の自分に少しは影響を与えていることがわかる。
同じことが、仕事や、家族や、家や、日々の小さなことにも言えるのではないかと思っている。だから、言いたいのです。
好きな人と空間に囲まれろ。それも、できるだけ早く。多く。
好きかどうかはわからなくてもいい、でも自分にとって良いと思うものに「囲まれ」ろ。
毎日はあっという間に過ぎていく。
ほとんどの時間を「移動」や「会議」や「作業」や「食事」や「睡眠」に奪われながら、過ぎていく。
その時間を「誰と」「どこで」「何に触れながら」過ごしたか、が
積み重なりながら自分を作っていくのではないだろうか?
「やりたいことは5年働いてとりあえずお金を貯めてからする。」
全然否定しない。否定しないけれど、「その5年であなたはできていくよ」とも思う。
だからただ自分の体を自分の好きではない空間に置く時間にはしないで、と。
<途中>
最近興味のあること
なんとなく、わあっと広げてきた、自分に関わるものごとを整えていきたい気分になっている。
それは、関わっているものや興味のあることがたくさんすぎるからただ「絞る」ということではないことが最近わかってきた。
これから作る会社でやることを全く絞る予定のない元広告代理店のプロデューサーの話や、
「私の80になるお父さんはまだ絞れてないみたいよ」と笑うにしだひろみさんの話を聞いて、
「絞れていない」ことへの不安にたまに襲われてしまう私は改めてそう思った。
(ちなみに2年前にさくらちゃんのブログでもそう書かれた)
なので、「絞る」じゃなくて「整える」だ。いくつもあっていいけれど、そのひとつひとつを少しずつ言語にしていく。腑に落ちるものにしていく。というような作業をしたい。
そのうえで、何を始めるか決めたい。ゆるっと、始めたい。
整えるのは、まあ紙にキーワードを書いてみたり人と話したりぼんやり電車移動してみたりといった行動の中でもしているけれど、ブログでもすこし書こうと思う。
「最近興味のあること」というタイトルで。だってたぶん、あくまで最近だ。
私の時間軸はあいかわらず、半年単位。半年以上先のことはわからないのが前提である。
といいつつ、ここ数年でわたしの中に静かに積み重なってもう外せないものたちもあるので、それも書きたい。
いろんなやりかたで書こうと思います。完全に自分のためのブログですみません。笑
私が興味のあること
①「土地に根付いているもの、ひと、自然と外の人の関係性」
新潟に来てから、いや大学3年で地域の研究室に入ってから、愛着のある地域は増えていくばかりです。
その土地に根付いているひととなにかやること、はなんのスキルも家系的な背景もない私のアイデンティティともいえるかもしれない唯一の、私らしいことかも。
私との関係性が、それをやる理由になるのが嬉しいのかもしれません。
内野のコメタクと飯塚商店が完全に原点ですね
②「20歳くらいまでのつくられかた」
やっぱり中高生が気になります。正直地方で課題だと思うことなんてそんなにないけれど(人がいなくなって課題だなんて思わない、別に)、
日本の中学校高校の環境には問題意識というか、もう少しできることないかなと思います。
大学生と振り返りをしていて、よく、
やっぱり人をつくっているなにかは若い時、小さい時に形成されているなと思うのです。
ツルハシブックスでの経験もありますね
③「食べ物と身体性」
食べることが好き。たぶん、3歳くらいから私の好きなことでした。笑
比較的健康体なので、身体のことは気にしたことがあまりなかったけれど、最近はずっとこの身体で生きていくなら、もう少し好きになりたいなと思っています。
あとはなんていうか、身体を動かすのも好きなので、もう少し生活の中で動かしたいなと思います。畑やるかあ。
④「今の自分をごきげんにする暮らしの知恵のこと」
これはもうね…いろんなところで書きすぎている気も。笑
「ごきげんノート」というのをつけています。
自分がごきげんになれるちいさな行動を記していくノートです。
50個くらいまではたまってきました。今年の6月から。
これは大学生の暮らしに対してしたいことにつながっています
⑤「ある固定された世界に新しいものが入っていくこと」
ひとつの世界を極めるのがちょっと苦手です。
それよりも、新しい世界を知って入っていくあの瞬間がたまらなく好きです。
でも、インターンやらを見てやって、新しいものが入って来ることはもともとある世界にとってどんなに良い効果があるかを実感しているので、
新しくて極めていないもの(素人で異物)をいろいろなところに投げ込みたいです。
⑥「広義の家族づくり」
シェアハウスに住み、血縁関係のない地域のお父さんおばあちゃんを頼りながら生活をしているからか、もう家族なんて結婚しなくてもつくれるんじゃないかと思っています。
「卒業して仕事していい人見つけたら結婚してふたりで家計を支えお金を貯めて教育費あるいは老後のお金にしていく」という、あたりまえのカタチだけではどうしても家族というものを私はとらえきれないようです。
こどもをそだてる、という過程は私の人生には欲しいけれど、2人だけで育てるのも違うような気がするし、もし生みづらい身体だったら養子を迎え入れることも気持ち的にはできると思うし。
それ以前に、恋愛も「告白してつきあって数年で結婚を考えて」という順番どおりではあまり今の自分が心地よくないので、それぞれのやり方でいいじゃん!と思います。
最近はいろーんなひとが世の中にいるので、そういう記事を読んでいいなーまたひとつ生きやすくなるなーと思いながら自分を肯定する日々。母親とかには玉砕されますが。
⑦「個人の小さな表現(特に本や編集を手段とした)」
あー、疲れてきた。笑
個人の「小さな」表現に興味があります。
基本的には別に楽しく暮らしていれば、人に「挑戦」なんてさせる気はないんだけど、
ほんのちょっと勇気を出して自分を表現、例えば「出店」したり「描いてた絵を公開」してみたり「作ったものを販売」してみたりすることが、
なにかを突破することがあるのも事実。人生がちょっと楽しくなったりするのも事実。
そして、会社や商業的につくられたデザインや映像や文よりもずっと、個人がやりたいからっていう表現の方がものすごい魅力的で、感性を磨いてくれるので好きです。増やしたいし、中高生は浴びてほしいなあ。
そして本は私がずっと支えられてきたものなので、つくりたいのです
とかとか、そんな感じかな…ケアにも興味あるなあ。
まだまだ足りませんが、とりあえず明日も仕事なのでここまで。
夏のインターンを終えて
ひゃーふー。うー。
やっと、2018年夏のイナカレッジインターンが終わりました…
イナカレッジインターンとは、1カ月間大学生などのインターン生が地域に住み込み、
感じたものや集めたものをアウトプットする滞在型のプログラム。
今回わたしは、新潟県内8プロジェクトの大学生の募集や調整と、その中の2プロジェクトの伴走を担当しました。
はっきり言って大学生がいる期間の仕事は、ほぼ事務所でパソコン作業をすることのない、ひたすら駆け回る日々です。
何か必要となれば買いに行き、毎週ミーティングをし、明日の予定に車を出してほしいと言われれば出し、地域の人と電話し、インターン生からの日報を返信し…
それはそれは体力を使いますが、
初めて田舎で1か月限定の村民として暮らす大学生たちの驚きや感動は毎日大きく、
それを日報やミーティングで毎日知れるのは本当に幸せです。
地域の人もみるみるお父さんお母さんみたいになっていくし、
たった1か月だけどたくさんの変化があります。小さなことから大きなことまで。
今回はしかも、初めて受け入れる地域が多く、私もまだ地域のことをそこまで知らない状態からのスタート。
かつ、役場の予算を使った事業でもあるので、そことの調整や共有も欠かせない中での運営でした。
という仕事みたいな紹介はどうでもいいのですが、導入ということで。
ひとしきり走りきって、今ぼんやり思うことを書いておきます。
私にとって新しく、ちょっと大きめの気づきだったことがあります。
出雲崎の釜谷地域に、まきちゃんという大学3年生が参加していました。
東京育ち、サークル未所属、大学は実家通い。
実は私とゼミが同じで、先生を通じて会ったのですが、なんとなく良い子そう!と思って誘ったら思い切って来てくれた、そんなまきちゃん。
「いつからいつまで参加できる?」
「夏休みずっと空いてるのでいつでも」
大学生にはこんなふうに予定をいつも聞くのですが、夏休みずっと空いていると答える子は少ないです。最近は(?)就活のためのインターンも、大学が用意しているプログラムも本当に増えている上、バイトもサークルも部活もやっていない子の方が少ないので、夏休みはそことの調整がいつも大変。
ですがまきちゃんは本人曰く「あんまり外に出ない、家に居る」そうで、すんなりイナカレッジに来てくれたのでした。
あんまり外に出ないまきちゃんにとっては大きな一歩だったのかなとも思います。
そんな「1カ月も家にいないなんて初めて」というまきちゃんが、驚くべきセンスと感受性とユーモアで1か月の暮らしもミッションも無事に終えたことが私にはとても嬉しく、そして革命だったのでした。
そのうえ、おばあちゃんたちとは親友みたいな関係になっていました。
集落にはひとりくらい、笑顔向けられたら本当に誰でも幸せになっちゃうようなおばあちゃんがいる気がしていますが、この集落にもまさにいて、そのおばあちゃんと本当の孫みたいな関係になっていました。(朝ご飯届けてもらったり)
作った冊子「ふらっと」は、「日常の小さなときめきに気づいて一歩外に出たくなる冊子」としてまきちゃんみたいな子に届ける、本当にすてきなものになっています。(またHP上でも公開しますが)
そんなまきちゃんたちを見送る前日かな、グーグルフォトを整理していて、ふと私の4~5年前の写真が出てきました。
大学1,2、3年生。あーこんな活動もしてたっけなー。たくさんの集合写真、東京都内、東京以外の写真。イベントの写真、合宿の写真、留学の写真、○○プログラムの写真…1日、2日のものは今では忘れているものもあるほどです。
きっとそれぞれは私の糧になっているだろうし、そのときはそれで楽しかったからいいのかもしれないけれど、私の目には「あまりに人に会いどこかへ出かけすぎじゃないか」というふうに映りました。
毎年たくさんの大学生に会うけれど、どうしても目立ってしまうのはいわゆる「アクティブ」大学生。
学生団体をやったり、イベントに参加したり、ヒッチハイクしたり、誰とでも人見知りせず明るく話せたり…
「大学生のうちはたくさん外に出た方がいい」
もちろん、それは間違ってないんだけど、それだけじゃないのかもしれない。
それより前になにか大切なものがあるのかもしれない。
まきちゃんにとっても、イナカレッジは「外にでた」経験で、たぶんずっと卒業まで外に出てないよりずっとずっと良かったのだけど、
まきちゃんはこっちに来た時点ですでにちゃんと「見るところ」「選ぶところ」に、「自分はこれがいい、なんとなく」と思える軸を持っていた。
だから、ただ「刺激的な農村生活」で終わらなかったし、ちゃんとターゲットをしぼった冊子ができて、良い心の動きを自分の言葉で出せていたんだろう。
それと、関連しているのかはわからないけれど、もう一個のチームでは、「ひとりのじかん」の取り方をちゃんと伝えておかなかったために、インターン生たちに少しストレスがたまり混乱するようなことがあった。
そう、もしかしたら「人との出会いかた」と同じくらい「どうひとりで居るか」も大事なのではないか。いや言い方としては、「自分という存在とふたり」でいることかな。
「アクティブ」だったわたしが、どこか思い切り自分の感覚を信じられず不安だったのは、それが不十分だったのかもしれない。
SNSで皆が面白そうなことをしていて羨ましいときほど、「私はこれが心地よいからいいんだ」とひとりで居るのは逆にとても難しい。
たぶんそれがまきちゃんはできてたんじゃないかな、となんとなく思っている。
あと本人は「ひねくれてるんで。他の人とおんなじやだなって」と言ってましたが。笑
そういう意味ではひねくれ心、大事かも。
私は頑張って無理して外に出ているわけではなくもう呼吸をするみたいに人のいる場に行ってしまうので、タイプもあるだろうけれど、
「誰かに評価されるために」「みんなに羨ましがられるために」動くことはなくなってきた。だいぶ。
それは、忘れていた自分のときめきのツボを思い出したからかもしれない。
すぐにときめきのツボを出してこれるようになったからかもしれない。
小学生のとき、無心で本を読んでいた時や、家族旅行の車の中か、どこかで小さい頃「ひとり」をはぐくんでいたのかもしれない。
自分の感覚を信じられて、初めて本当に心は開けるのかもしれない。
そのときに目の前に地域のお母さんたちがいたら、もうそれだけで幸せだ。
これで私は幸せを感じるんだなあということが分かれば、
もう就活なんて恐れることもない。きっと。
(久しぶりなので全然まとまらない)
暮らし視点が足りない
先日、新潟大学のキャリア担当の方と打ち合わせをした。
今度行われるインターンシップフェアについての話。新潟県内のインターンシップ関係者が事例やノウハウ、動向などを共有するための場だそう。
地域インターンをやっているイナカレッジにもぜひ絡んでほしいとのことだった。まだ内容は仮決定&外部には出していない段階なのであまり言えないが、担当の方と話している時に良い気付きがあった。
イナカレッジのインターンは、たぶん就活前に企業が行うインターンとは違う。
じゃあ、どういう文脈で紹介できるだろうか?という話で、
こういう地方の企業でのインターンの意義として、「地元で就職してもらう」みたいな意図があるけれども、その視点で言うと、
「こんな仕事・企業があるなら新潟にいようかな」
ではなく、イナカレッジだと
「こんな暮らしがあるなら新潟にいようかな」
となると思うのだ。
だから、相対的にはイナカレッジインターンは「暮らしインターン」なんじゃないか。
そんな気づきだった。
数日後、都内で「イナカレッジバー」と称して
大学生何人かとお米を食べながらもやもやや興味ややってみたいことなどについて話した。(恒例の西田卓司プレゼンツですが)
その時に思った以上に「暮らしインターン」というとらえ方の反響は大きかった。
「就活説明会に行っても、その企業に入った時の自分の暮らしは見えてこない」
そうだよね。就職説明会は、給与とか福利厚生とか、仕事内容とか企業のビジョンとかはたくさん聞けるけど、
例えばこの会社の沿線にはこんな町があって、帰りにこんなところも寄れますよとか
この会社の社員さんはこんなふうに生活を楽しんでますよ、というのはなかなか聞けない。
いや、別に仕事さえやりがいがあって自分のキャリアになって給料がよければ別に生活は自分の思い通りにならなくてもいい!という人はいい。
というか、私の今までのまわりの人たちは、そういう人たちばかりだった。
というか、それは親にも先生にも当たり前のこととして対応されてきた。
でも、私はそうは思えなかった。
10年後のキャリアより、1年後の自分の生活に興味があった。
それはでも、休学して新潟にいた1年間で、暮らしを楽しむやり方を覚えたからだった。暮らしを楽しむことがどんなに今の自分を肯定できたりご機嫌にできたりすることにつながるか知ったからだった。
そして、今の自分を自分でご機嫌にできれば、どんな時もわりと幸せに生きていけると気づいたからだった。
それは、今勢いがあっても10年後どうなるか分からない社会の中で自分の生活をなげうって大きな企業に入るより、よっぽど自分にとって「安定」だった。
「暮らしを大切にしている」というと、「自給自足」「手作り」というキーワードが浮かびやすいかもしれない。
梅干し漬けて、畑をやって、縫い物をして、染め物をして、…というような。
もちろんそういう生活の要素も大好きで、とってもとってもやりたいけれど、
今すぐにはできないこともある。
私がいう「暮らし」は、もっとすぐにできること。
別にてづくりじゃなくたって、お金を払ってやる消費活動をちょっと意思をもってやるだけで、ご機嫌な生活は作れる。
喫茶店にいく、銭湯にいく、映画を見る、散歩する、器を買う、本を買う、ワンピースを買う、靴を買う、漬物を買う…
便利なものには頼るというのも、ヒントかもしれない。
あと、それらを一緒に楽しむ友達を持つというのも大事かな。
これくらいの小さなことができるくらいの給料が入れば、勤め先はむしろ「やりがい」「キャリアにつながる」とかじゃなく、「拘束時間長すぎない」「アクセスよい」「人が悪くない」くらいの要素で決めてもいい。
(といいつつ、私は欲張りなのでそれなりに仕事でも燃えたくなってしまうのだけど)
みんなこっちになりなよ!というのではなく、なんというか
この「暮らし視点」がとても少ないということにハッとしている。
特に、「大学生」にこの視点がもっとあってもいいと思う。
「子育て」「結婚」この辺のライフステージになるとみんなこの視点を持ち始めるのに、
大学生時代はそんなにその視点によりそった情報や環境がない。
でも大学生になって初めて一人暮らしをする人が多いのだから、「自分という人間が明日もそれなりに元気に暮らしていく」にはどうしたらいいのかを突き付けられる時期でもあるのだ。
この時期を、自分の好きな暮らしと共に作れるのかどうかというのはとても大きいと思う。
と考えていると、あれあれ、これは3年前にコメタクで言っていたことと同じじゃないか、と思った。笑
コメタクをやって一番暮らしが変わって、その価値を実感しているのは今の私かもしれない。
だから今、より「大学生の暮らし」に寄り添った企画がしたい気持ちが強い。
さて、何をしようかな。
(柏崎の花火。海から上がるのとてもきれい)
予測不可能性について
7月。ぐんぐん暑くなって、夏の雲がもくもく空を攻めてきて、
ワールドカップは決勝トーナメント1試合目で日本は惜しくも敗退し、
西日本では豪雨で200人もなくなる人が出た。
日本社会的にも、私にとっても、いろいろなことがあったこの1か月くらいだった。
そんな今日は、3連休の前日。明日は半分仕事ですが。
今日、一人の東京の男子大学生が、1カ月の波乱万丈なインターンを終えて東京に帰って行きました。
このまま資格を取って卒業することに違和感を感じて休学し、6月1か月時間あるので何かやろう、ということになり、小千谷の農村に放り込まれ、いろんな農家さんの1日をひたすら一緒に過ごし、日記を書いたくまがいくん。
そんな彼が日記の最後に書いていたのは、「予測不可能性」の中の安定性だった。
彼の日記を読んだ頃ちょうど私も「予測不可能であること」について考えていて、ちょっとそれについて書こうと思う。
予測できないこと。最近市役所の縛り多めの仕事をしていて、それがどれだけ扱いづらいかというのを、職員さんの様子からひしひしと感じる。
それで気づいたのだった。私は予測「不」可能な方が好きだなあ、と。
仕事も、生活も?、たぶん恋愛も、どうなるかわからない状況にわくわくしてしまう。好奇心なのだろうか。
いや。とちょっと考え直す。「予測できないことそのもの」が好きなのではない。
「言語では説明できない感覚」を信じて自由に動きたい。そういうことかもしれない。
つまり、今は何がどうなるか計画も予定も立てられなくても、自分や(一緒に何かする)相手の「直感的なもの」を信じられていれば、何かが起こってから判断すればよい。むしろ何かが起こった時の感覚で決めたい。
そういうことなのかもしれない。
(言語で説明できない感覚で人は結構動くと思っているので、移住定住系の事業ではそこを重視すべきだと思うのですが、判断基準が全くそこにないので、時々とてもやりづらい。例えば、ゲストとの打ち合わせの目的のひとつにその人がどんな人なのかを私が知る、というものが入ってなかったり。)
って、この話、半年くらい前にもブログで書いてましたね。結局ぐるぐる回るのだなあ。
あ、言いたかったのは、イナカレッジが学生にひとつ与えられる大切な経験は、
予測不可能性の中で感覚に任せて(くまがいくんは「五感」と呼んでいましたが)楽しむ・面白がるという経験なのではないか。ということ。
農村地域の暮らしは、いつも予測不可能だ。
いつ天気が変わるかわからない。誰に会うかわからない。
でも不安にならない。理由は?言葉や数値で説明できるものではない。
最初は不安かもしれない。でも1か月いて、それが不安にならなくなってくるころ、
大学生は少し、自分の感覚を信じられるようになっている気がする。
大学のプログラムも、予測可能な、計画的なものは多いかもしれない。
でも本当の教育効果を考えたら、どうなるかわからない、少しくらい成果は残せないかもしれないけれどその子の感覚にゆだねるような、予測不可能なプログラムの方が良いのではないかと思う。
だってもう、社会そのものが予測不可能だ。
誰が受けても同じ教育効果を保証できるのが、真の教育だろうか。
本質はそこではない気がする。「結果が保証できていること」の価値はこれからどんどん下がって来ると思っている。
「こうなったらこうなる、というものではない」
「でもそれがおもしろい。いろいろな価値観が交差して」
若者を何人も受け入れ幸せを問うことができている荻ノ島集落の春日さんはそう言っていた。
みんなこれを実感するところからしか始まらないような気がしている。
あーあ、市役所や国に理解してもらう努力なんか時間の無駄だと思っていたけど、最近は違和感あるシーンを目の当たりにすることが多いから、否が応でも問題意識がもくもくしてくる。笑
まあ、この上司なら一緒にがしがし変えていけそうな気もするから、もう少しこの位置にいようかな。プライベートでは小舟を漕ぎ出そう。
なんかよくわからない締めくくりですみません。笑
でも月1更新したいので書けて良かった!笑
くまがいくんのpolca。もう終わりましたが。
https://polca.jp/projects/THyLdrM3eZj
「女性としての自分」を考える
25歳になった。
なんだか、24よりもどんっと来る数字だ。20代のどまんなか。もう借り物の顔をした20代ではない感じ。
そんな25歳の誕生日とその前後は、思いがけず「女性としての自分」を考える機会に出くわした。
先週、東京の実家に帰った。簡単に誕生日も祝おう、ということで少し早めだけど祝ってもらった。
25になっても家族全員とまではいかなくても両親と妹が祝ってくれるなんて幸せだけれども、今年はいつもの誕生日より母からのプレッシャーが強かった。
「適齢期なんだからね」
うわわー。来ますね。なるべくそちらからは話をそらそうと頑張る自分がいた。
結婚もしたいし、恋するのもデートも好きだけれど、一般的に「モテる」タイプの女性像になろうとは全く思わない私。なれない、というのもあるけれど。笑
お母さんは、私にずーーっと言っている。「やせること」「肌をきれいにすること」、最近はそれに「歯の矯正」が加わってきている。
たしかに、そのみっつは今の私に足りないことだし、それらはたしかにきれいな女性になるための一歩ではある。
「きれいになる」ってなんだろうか。
「幸せになる」という話と同じで、「きれいになる」にも人それぞれあるんじゃないだろうか。そのなり方も、たくさんあっていいような気がする。
それを、「きれいになるにはどうしたらいいんだろうね」「そもそもきれいってなによ」から始められたらいいのだけど、「きれいになるにはこうすべき」「きれいとはこういうこと」と最初から決められたような気がするから、母に言われたときに辛いのかもしれない。
ああ、きっとそうなんだろうな。書いていて気付いたな。自分にとっての「きれい」を考える前から、なんだか世の中の「きれい」のあり方を見せつけられて、それでどこか劣等感を感じてしまうことってあるような気がしている。
母の言葉の何が辛かったのか、実は自分でもよくわからない。でもはっきりと「辛い」と思ったことだけは覚えている。今の自分を否定されているから、そりゃそうなのだけど。
そんな東京での時間のあと、誕生日当日に、初めて助産院へ行った。
「助産院」と言っても、普通の一軒家だった。新潟市西区にある「みちつき助産院」。
新潟県では1つしかないのだそう。ここを運営しているのが、助産師の更科先生だった。
特に妊娠を予定もしていないし、体調が悪いわけでもないけれど、助産師の知り合いが1年くらい前からとてもほしかった。
想えば、小川糸の「つるかめ助産院」を読んだ頃ぐらいからかもしれない。
私がどんなタイプの人かを知っている、体のことを相談できる人がほしいと思った。検索でいくら情報を仕入れられても、その安心感にはかなわないと思った。
今回はさくらちゃんが、お台所みかこさんを通じて更科先生と知り合い、会を開いてくれたのだった。出産DVDを見て話す会だった。
更科先生は、助産師は英語では「女性の隣にいる人」として訳されると言った。
「まさに!」と思った。なんて素敵な職業だ。
病院で働いている時期もあり、でも病院でできるお産の形は限界があったという。
今、みちつき助産院でのお産は、どれも妊婦さんの気持ちや状態に合わせたお産。
「良いお産」に必要なのは、正確性の高い設備や手順ではなく、より本能的になるために必要なことを整えることだという話が興味深かった。
好きなものをそばに置いたり、好きな体勢で産んだり、好きな人にいてもらったり。
ここでもたぶん、大事なのは「自分にとっての」心地良さや気持ち。
改めて「何を感じているのか」をちゃんと自分に聞く重要性を感じる。
分析でも解釈でも意味でもなく、「嬉しい」のか「悲しい」のか「寂しい」のか「気持ちいい」のか。そういう単純なことを。
何人かの女子でお菓子を食べながら出産のことやそのほかいろんなことを話すのは楽しかった。こんな場があるなら生きていけそうだと思った。
良い助産院さえあればよっぽど移住したくなるわ!と思った。笑
もう少し、「女性としての自分」を私も考えたいし、私のまわりの女子たちにも一緒に考えてほしいと思った。
それは「女性だから」というものに縛られたくないからこそ、「井上有紀」は「井上有紀」だ!と言いたいからこそのものでもある。
自分の性別のあり方なんて自分で決めなくてどうするんだと思うから。
ただ少し、ふだんの会話や職場や飲み会でふらっとできない話題もあるから、場を作って考えたいかもしれない。
最後に、大好きなリトルプレスでの大好きな部分がありまして。
本能にはふたつあって、「子孫を残す」というのの他に「個体を生かす」というのがあるって話がとても好き。子供産まなくても「自分自身を生かす」「自分を大切にする」っていうことも種の生存なんだ。
— いもうえ (@rippesan) June 15, 2018
出産ができるという素晴らしいことも女性は持っているけれど、別に生むことだけが種の生存になっているわけでも、本能なわけでもない。
「自分を大切にする」それも立派な本能で。
それぞれ「自分にとっては」を持ちながら、軽やかに生きれるといいなあ。
大好きなリトルプレス「うかうか」はこちら。
案内したくなる町
最近、たくさん散歩をしている気がする。雪もなくなって、寒くもなくなって、晴れの日も多くて…だからかな。嬉しくて、快適で、ほんの数か月前、街が灰色と白で埋まっていたことなんて結構忘れてしまう。
ひとりで歩くのも好きだけど、誰かと歩くのもとても好き。
春になって、遠くから新潟に、市外から長岡に、人がやってくることが多くなって、
その度にけっこう「案内」をしている。
半分仕事も「案内」だしなあ。
案内はしてもしなくてもいいのに、自分の時間を使ってするということは、
「案内したい!」と思わせる場所あって人がいるからだ。
この場所を案内することで、純粋に知らなかった場所を知ってもらうのもあるし、私が好きな場所はこういうところなんだよっていう紹介でもある。
そして、その人といる時間が楽しくなるかどうかもかかっている。大事だ。
そんな大事な案内先は、できるならば、グーグルやテレビ・雑誌で見たから、以上の理由がある場所がよかった。
行ったことあるから、も。もう一歩。
良いなと思える人がやっているとか、ストーリーを自分が話せる場所。
そうだ、その場所にひとつでも物語があって、それを自分の感情込めて話せる場所だ。
そういう場所が一番多いのは、結局内野だった。1年間、車なしでどっぷり商店街に住んでいたから無理もないね
今は車でびゅんびゅん、内野にいたときの何倍もの範囲で飛び回ってしまっているから、
歩いて回れる案内には限界がある。ドライブも楽しいけど、一度に何か所も行けない。
それでも、最近はなんだか、長岡にも歩いて案内したくなる、そんな場所が増えてきた。
私が住んでるシェアハウスは最初からだけど、最近できた音楽図書室。もねちゃんの新しいシェアハウス。自分が棚を作っている文進堂。
喫茶店・飲食店などもちょこっと。
それだけで。それだけなのに、生活がとても楽しい。人を迎えるのも楽しい。
みんな、住んでいる町に案内したくなる場所が増えるといいんじゃないか。そんな風に思う。
小さくても、自分が自分の言葉でストーリーを話せる場所が。
だから、文進堂で「自分の棚」を持つことも良いかもよ。笑
住みやすくなってきた、長岡。
自分の感覚を信じて、過ごす時間を、ともにいる人を選んでいきたいです。
といって、長岡ではない駅。笑 トトロの道