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おかかとこんぶ

社会人も新潟県民も1年生。シェアハウスに住みつつ、地域から遠い人と近い人をつなげるしごとをしています。暮らしやしごとのこと、気合いと脱力でかく。

悩んで迷う、君が好き。

2016年5月17日のブログ*

 

本日は東京都新宿区からお送りします。

就トモカフェという、学生が使えるフリースペースにて、暇つぶしつつ。笑


最近、東京でも新潟でも、後輩がかわいくて仕方ありません、、

あ、後輩だけじゃないなぁ

同学年でも、先輩でも、
「好きだなぁ」と思える何人かがいることに気づきました。

定期的に、話したい人と一対一でごはんを食べる機会をとるようにしてるのですが、その中で気付いたのです。


その人たちの、共通点。

それは、なんとなく悩んでること、なんとなく迷ってること。
でもどこか前向きというか、自分の「好き」は分かっていて、ちょっとわくわくしている。


こういう子達は特に女の子が多いのだけど、この状態、とても素敵です。


自分の進む道が分かること、はっきり言語化できることは、

就活や大学生活で結構求められることですが、

それが出来すぎることはむしろちょっと危険な気がする。

私も面接とかしてると本当に思ってるのかも分からないような聞こえのいい言葉がぺらぺらと口から出てしまってぞっとするけど、

「私はこうなんです」
「こういう論理でこれがやりたいんです」

と言い切ってしまうことによって、
自分が分かってると錯覚して、
そこで「思考停止」が生まれる。

分かってしまうということは、それ以上考えなくてもいいということになってしまいそうになる。

特に言葉にするとそうなる。

だから、分からないままでいたいと思ってる。

分からないと、考え続けるから。

分からないと、やってみ続けるから。

もう全然これから何が起こるのか、実際に何がどうなってるのか分からなくて、

でも今の時点では、今までの経験で得た視野の範囲の中では、

こっちがいいんじゃないかと思ってる。くらいでいい。

だから、何かしらの相談の中で、

「でも全然わかんないんですよ〜〜!」

と言ってる人を見ると、なんだかちょっと嬉しくなる。

そうそう、分からないことが考える、やってみる原動力になる。


中高生と話す時も、そうだ。

自分がこうすべきだ、と分かってる子よりも、

なんか、よく分からないなぁ、迷ってるんだよなぁ、

そんな子たちに魅力を感じる。

自分にはまだ分からないことがたくさんあるということを
分かっていること。

それが、コメタクの言う「隙」でもある。

そういう「隙」を持ってる人が、私は好きなんだ〜

そして思う。

みんなみんな、
「途上」なんだってこと。

そう思うとほら、いろんなことが許せる気がしませんか。
自分も他人も。