おかかとこんぶ

社会人も長岡生活も1年生。変化し続ける私をとりあえずはことばで残す。そのうちにはことば以外でも残したい。

人の数だけ関係性に名前があっていい

こんにちは。昨日24歳を迎えましたー。

とってもしあわせな誕生日でした。むふふ。


昨日だっけな、たしか。


大好きな友達が、「姉妹で」ブログを始めてました。


私はその子から1,2ヶ月前に今度姉妹でブログをやると聞いて、わくわく待ってたのだけど、

こちらの記事を読んで、やっぱりすてき!と思い、そしてそれをきっかけに前から思ってたことを思い出しました。


http://sorahibi.seesaa.net/s/article/450111177.html


この姉妹の二人の関係を、簡単でわかりやすい言葉じゃないけれど、丁寧に本当の言葉で書いている記事。


タイトルが「言いあらわすって難しい」なんですが、ほんとに、人の関係ってそれでいいと思ったんです。


世の中の一般的な「人の関係」をあらわす肩書きは、

「姉妹」「親子」「師弟」「恋人」「夫婦」「同期」とかあまりにも種類が少ないけれど、


本当は、人の関係の種類は人の数だけあっていい。


というか、そう思うとどんな人との関係も面白く思えてきます。


恋人だから、恋人じゃないから、

親友だから、親友じゃないから、


そこで思考を止めてしまうのではなくて、今まだ名前のない関係が「その人と私」の間にあるって考えたら、

「こうすべき」なんて他人に言われるようなこともない。


だって、「その人と私」の関係は、私の人生にとって初めて生まれた関係なのは間違いないはず。


だったら、その人とのコミュニケーションの取り方に正解も不正解もない。


まだ私も知らない関係がこれから生まれていくかもしれないわくわくとともに、

自分と相手が心地よいコミュニケーションをとっていけばいい。


今だって、

「親子でもない」お父さんと同じくらいの年のお米屋さんとたまに夜ごはんを食べたり

「家族でもない」人たちと一緒に住んだりしているわけで。


いろんな人とのいろんな関係が、私の人生を豊かにしているのは間違いない。



心地よいだけじゃなくて、

私をびっくりさせてきたり

ざわざわさせてきたりする人もいるけど


そういう時は

「おっ、この人とはどんな関係が生まれるんだろう」

って思うとちょっと大丈夫。


たくさんの豊かな関係が生まれる人生にしよう。




古材屋で働いてみませんか。

4月に仕事を初めて1週目。私が初めて同行した企業への打ち合わせが、偶然この古材屋さんでした。

 

新潟県内の古民家を解体して出てきた古材をや古道具を「越後古材」として販売する井口製材所。

実は先日のシェアハウスのDIY中、「こんな古材屋が長岡にあるんだよ!」「えー写真きれい」と話題にのぼっていた古材屋でした。

 

打ち合わせでお会いしたのは、3年前に東京から実家に帰ってきた社長の息子さん。この3年間、webやSNSでの発信、直接のお客さんとの対応などにも力を入れ、リノベーションやDIYに惹かれる若い人の間でも話題になるようになりました。

 

いろいろな古材の魅力についての話が出たけれど、

「古材の生かし方は人によって違っていい。むしろそうやって違った視点で生かし方が増えるのが面白い」という言葉が印象的。

 

それってすごくいいな、と思いました。

もちろん商品を提供しているプロならではの目利きや技もあるけれど、

たぶん、古いものへの「好き」や「こう使ったら楽しいな」というわくわくがあれば、古材を生かせる素質はあるのだということ。

 

あと、古材はひとつひとつに「個性やストーリーがある」ということも。

だからか、と思いました。私も古材や古道具を見ていて、素人なりにいいなあと思えるのは、

それが過ごしてきた時間が唯一無二の「個々の色」を作っているから。

 

打ち合わせの後、12もある井口製材所の敷地内の商品が眠る倉庫を案内してもらって見ながら、思わずその素敵さににやにやしてしまいました。

カフェや酒場、ゲストハウスで生まれ変わって使われる古材もまた素敵。

Instagramにもたくさん写真が上がっています^^

 

そんな井口製材所ですが、単に人手というわけではなく、「一緒に楽しみながら古材の新しい可能性を探ったり古材の魅力を発信したりしてくれる仲間がほしい」そう。

社長の息子さんである専務は、会社内にいる古材を扱う師匠たちの引退前にはその「ワザ」「知恵」も引き継いでおきたいと言います。

 

いやあ。好きな人にとってはたまらん仕事な気がする。

 

というわけでこの夏、まずは実験的にイナカレッジでインターンを募集することになりました!

 

詳しくはこちらのwebから見ることができます。

http://inacollege.jp/blog/2017/05/17/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%B8%80%E3%81%AE%E5%8F%A4%E6%9D%90%E5%B1%8B%E3%81%8C%E4%BB%B2%E9%96%93%E3%82%92%E5%8B%9F%E9%9B%86%EF%BC%81%E3%80%8C%E3%81%82%E3%81%AA%E3%81%9F%E3%81%A8%E6%8B%93%E3%81%8F%E8%B6%8A/

 

一応1~2か月、毎週月~金で井口製材所に入ってもらい、仕事を習ったり新しい発信をしてみたりしてもらいます。

車で通ってもらうか、製材所近くに住んでもらうかは相談次第。

 

ただ一応インターンの枠はありますが、実際はいろいろ相談次第です!笑

新卒でも中途でも、働きたい、話を聞きたい、は大歓迎。

その後インターンをすることになったとしてもならなかったとしても、働くことになったとしてもならなかったとしても、井口さんにとっても、古材に興味のあるあなたにとっても意味のあるつながりになると思います。

 

なので、あまり気負わずご連絡ください^^

info@inacollege.jp

までメールいただけると嬉しいです!私のFacebookでもいいですが。

 

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春の草木で染めてみた

先週の日曜日。

私の住んでいる長岡市の山の方で、

草木染めをしてきました。

きっかけは、よく着ていた綿のワンピースが色あせてしまったこと。

もう少し、着たいなぁ。と眺めていたら

染めれば?と元同居人さくらちゃん。

たしかに!!なにそれ!めっちゃ良い!!

一気に自分で染めたワンピースを着ているところを想像して、これは素敵すぎる!とぴーんときました。

そういえば、草木染めができそうな知り合いがいたなぁ。

そう思って連絡してみて、そこからおそらく2ヶ月後。

草木染めの会を実現することができました。

先生は、長岡市内にすんでいて、様々な「てしごと」を伝えたり暮らしの中で実践したりしている清野さん。

「ワザ」だけでなく、そこに宿る思いや向き合い方も尊敬できる人です。

せっかくなので、コメタクのさくらちゃんやめいさん、十日町に住む志保ちゃんも誘って、小さなイベントのような形で開催しました。

まずは、山を歩いて草木を集める。

よもぎ、朴葉、たんぽぽ、スギナ、、、

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細かく切って、ぐつぐつ煮出す。

染める布は、ミョウバン入りの水に浸して揉む。

お昼ごはんは、持ち寄りおかずとあずき玄米。

ワラビの和え物、卵焼き、ポテトサラダ、キャベツの揉んだの、ズッキーニの漬物、玉ねぎの蒸し焼き、切昆布炒め、くわのみのジャム、、

午後3時。出来上がった布は、予想より鮮やかな黄色と黄緑の間の色。

温かい煮出し液に浸して取り出した時のみんなの嬉しそうな声。

ちょっと緊張したり疲れたりした部分もあったけれど、ものすごく豊かな時間だったと思うのは、

たぶん私が、「今」を閉じ込めたものが好きだから。

今、このメンバーが山を歩いて時間をかけてとった草も、

このメンバーが作ってきたおかずも、

「今ここ」が詰まっていて、それを愛でられるというか、楽しめる瞬間が本当に好きだ。

そして、豊かな暮らしなのはわかるけど一見なんだかハードルの高い草木染めも、

肌感の分かる知り合いに声をかけて、ある意味日常の延長線上でできたこと、

たぶんこうやって一歩ずつ暮らしを作っていけばいいんだなぁと思った。

最初は米を炊くのでいい。

でも米を炊き始めたからこそ、その先の背伸びもできる気がする。

先に進めばいいというものでもないけれど、

2年前にコメをタキ始めてから、私の暮らしは日に日に豊かになっている。

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「あなた」として行こう


5月になりました。
仕事柄、土地柄?、しょっちゅう山の方へ行くのですが、最近は本当に春の山の色がきれい。
この不思議な淡いグラデーションに気づけたことが最近の嬉しいことです。新芽と花の色。

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さて、そろそろ夏のインターンシップの準備が始まっています。
わたしのいる組織が運営しているのは、新潟県の農村地域でのインターンシップ
1ヶ月の短期バージョンや、半年や1年の長期バージョンがあります。

夏のインターンシップというのは、主に大学生に向けた1ヶ月のインターンシップのことで、去年は東京や県内から20人ほどの学生が8つの地域でインターンをしました。

内容も、お酒づくりから集落の聞き書きから写真プロジェクトまで様々。
各地域それぞれ2,3人の大学生で活動します。
通える人以外は、ほぼ皆地域に住み込みながらのインターン
生活も仕事も、地域の人にあーやこーや教えてもらいながら、自分の体でやってみる。
そんな、田舎のありのままと自分自身のことを直接感じる1ヶ月です。

最近は大学の中にも、地域に行く機会は結構あります。
授業で行くこともあるし、ゼミで行くこともある。縁ある地域のお手伝いに通っているサークルもあります。
もちろん大学の外でも、私が学生時代入っていたようなインカレサークルではそういった地域に行くこともできます。

高校まではほとんどの人が地元で過ごしていただろうから、違う環境の他の町で生きている人たちに触れることそれ自体がとても良い勉強だし、地域側からしたら若い大学生たちが来てくれるだけで嬉しい側面もあるし、
まあなんか悪いことは少ないわけです。

ただ、もし自分がこういうものに興味があって、そっちの方向にもうちょっと背伸びしてみたいなら、大学生に大切にしてもらいたいことがあります。
それは『「あなた」として行けるかどうか』ということ。

その活動に関わる人たち、受け入れ側の何人かにでも、「あなた」として認識してもらって、つまりどういう子かをなんとなく知ってもらっている状態で、何かを実践すること。

その状態で、今のあなただからこそ作れるものを作ること。(それがプロジェクトの成果なのか、なにか製作物なのか、言葉なのか、空間なのか、体験なのかはわからないけど)

それがたぶん、すごく大事だと思ってます。
思った以上に、そこでの経験が自分の財産になります。
私もそうだったし、まわりを見てもそんな気がしています。

だから、1ヶ月住み込みなのか通いなのかとか、プロジェクト内容や目標が大きいか小さいかとかはあんまり関係ないのかも。
「どういう子か」を大切にしてもらえるかどうか、なのかもしれないです。

手っ取り早いのは、「ひとりで」行ってみること。
地域に本当にぽんっと一人で行ってみることじゃなくて、いつも一緒にいるコミュニティや学校で一緒に授業にでてる仲間がいないところで、「あなた」として何かに参加してみることです。

「わたしにはそんなに個性がない」「特技やずっとやってきたことがあるわけでもない」
ってのも、あんまり関係ないです。

個性なんてみんなないし、みんなあります。

ずっとやってきたことだけが「好きなこと」「得意なこと」なはずもありせん。
今日初めて生まれる得意なことも好きなこともあるのです。

大学生にしてほしいこと。

「あなた」として認識されること
そして
そこであなただからこそ作れる何かを作ること。

それはもしかしたらもしかしたらだけど、
地域でのインターンでできるかもしれないなー。


そんなことを考えながら、インターンの新人コーディネーター、頑張ります。
視点を変えたらいろんな話が出てくるから、話したい人は直接お話ししましょう♪

いろんなことが、もっと結果論

 

さてさて、書きたいネタはたくさんあるけれど全然追いついていません新社会人井上です。
そんなに気張ってとても丁寧なものを1本かけなくてもいいから、2,3本気にせずどんどん書いていこうと思いました。

分かりやすいようでわかりにくいいつもの前置きはなしで、今回思ったことを書くと…

みんなが思っているよりも、いろんなことが、だいたいのことが、もっと「結果論」なんじゃないかあ。
ということ。

ようは、結果的にそうなっただけで、別にそこに普遍的な理論も確実性の高いノウハウも案外存在していないということ。
組織のことも、個人のこともきっとそうだ。

地域に移住者が来て取り組みがうまくいって成果が出たのも
好きなことが見つかってそれを仕事にできたのも
家族と自分の生活が充実しているのも
結果的に今そうなっているだけ。
 
いや、これは別に、
結果論なんだからそれぞれの頑張りは無駄だと言いたいわけでもなく、
どうしたらうまくいくかとかを考えないでテキトーにやってほしいわけでもない。
 
ただ、「あっちでうまくいってるから」「あの人がこうしてうまくいってるから」と
場所も関わる人も時期も違うものなのに、
ひがんだり嘆いたり無理をしたりしてしまうのが、なんか違うなあと思うって、それだけです。

もっと、目の前にある自分側の人やものを見つめてほしいし、コミュニケーションを取ってほしい。そっちに時間と心を使ってほしい。

常識という服がまだ着れない新社会人のつぶやきでした。
 
 
 

経験は貸し借りできない



しばらく間があいてしまいました。
引っ越し、シェアハウスづくり(床作り、壁塗り、床磨き、タイル剥がし、荷物運び、買い物)、仕事スタートと、
誰に言ってもわかりやすい「変わり目」の3週間でした。

4,5回は来たことがあるけれど、住むのはもちろん滞在もしたことがない町。
でも、2年前に新潟に来てから積み重ねたいちばん心強いもの「ともだち」が近くに何人もいるおかげで、どこかずっと安心しているんです。生活のほとんど何も整っていないのに。これは不思議な経験でした。

で、仕事が始まりまして。

毎日パソコンに向かうようなルーティーンワークも親が揃えたがるスーツも泊まり込み研修も#同期でインスタに楽しげな飲み会の様子をあげるような同期も立派な入社式も「いついつまでに丸暗記」みたいな資料や参考書もなし。

代わりにこの2週間であったのは、つながりのある地域への挨拶まわりと打ち合わせの同行、企画書や提案書の作成とミーティング。

まわった地域や組織は10ヶ所以上。
すべて車移動で先輩が連れて行ってくれました。

いやはや、とりあえずは一緒に働きたかった人と一緒に居れて嬉しいし楽しいです。
前までは知らなかったその先輩たちの、「経験に基づいた言葉」みたいなものがすごい。太刀打ちできなくて、圧倒的で、嬉しくなる。

やっぱりひとつひとつの工程を「目の当たりにした」ことが大きいんだと分かる。

そこの地域の、組織の、人の、絶好調な時も落ち込んでいる時も何もない時も目の当たりにしているからこそ出てくる言葉がある。

私だって、ちょろっとだけど実際の地域や会議の様子や関わる人たちの表情を目の当たりにしたこの2週間の前と後では全然違うのだから。

前から気づいていたことをもう一回書いている気もするけど、まあ、今感じてることのアーカイブってことで書きますと、

写真とか文章で見聞きしたものじゃなくてナマモノの動きを目の当たりにして、その空間を包む雰囲気や誰かの表情や音やにおいや色をちゃんと感じたものを「経験」と呼ぶとするなら、
自分がした経験に勝るものはないんだなぁと思います。

人の経験を聞いたり見たりすることも大切なことだしその相違にも価値があると思うんだけど、
他人が直接経験した時見た景色を借りることはできないことを頭に置いておくことは大切なのかなと思った。

だからこそ、したい経験は、見たい景色は、自分で取りに行きたい。取りにいける環境の元に自分を置いておきたい。

もしかしたらそれが、それだけが「やってみる」ことへの一歩を踏み出させるのかもしれない。

シェアハウスづくりのDIYだって、あれをやったから、あの時直接見た景色があるから、これからできることや語れることが増えるんだろうなと思います。



どんな景色が見たいですか。
それをやった後の景色が見たいですか。

何か迷ってる時はこう自分に聞いてみるのもありなのかもしれない。

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今目の前にあるもの」と非言語コミュニケーション

はやくも三月半ば。


大学の卒業と、社会人のスタートが刻々と迫っています。
まわりは卒業旅行や追いコンに勤しんでおりますが、相変わらずわたしは新潟と東京を行ったり来たりしながらイベントやら米屋やら本屋やらをやっています。
私にとってはこれが卒業旅行に置き換わるくらい楽しいのです。

そんな最近の、活動以外の楽しみのひとつが…あるドラマ。

火曜10時からTBSでやっている「カルテット」です。

5年ほど前にやった大好きなドラマ「それでも生きていく」と同じ脚本家で、
役者もセリフもたまらない。良い。

毎週染み入るセリフを楽しみにしているのですが、今回も良いセリフが。

過去の過ちを隠していたことをわびるマキさん(松たかこ)に、すずめちゃん(満島ひかり)が言うセリフ。
「私が好きなのは、今ここにいるマキさんだよ。過去に誰だったかなんてどうでもいい。すっごくどうでもいい。」

多少うろ覚え&一見ありそうなセリフではありますが…
最近私が思ってたことにぐぐぉっ!とはまったので、引用させていただきます。笑

すずめちゃんが知らない過去のマキさんじゃなくて今目の前にいるマキさんが好きだということ。
実は最近、ちょっとこのことと逆のことを実感しました。

前は近くにいたけれど今は遠くにいる人で、大切な人がいます。
でも私は、近くにいない「今」のその人じゃなく、近くにいた「過去」のその人のことばかり追っていました。
でもなんとなくその人の「今」が全然見えなくてもやもやしていたのです。
遠くに行ってからも、たまにやってくる一時的な「寂しい波」の度にLINEをしていたのですが、そんな自分にどこか違和感があった。

そのもやもやは、たぶん「過去のその人」に向かってLINEをしていたことからくるもやもやでした。
「過去」のその人を思い出して自分一人で元気を出したりするのはいいけれど、コミュニケーションを取ろうとしている相手は「今」のその人です。そりゃ違和感があるのも当たり前。

自分のことも思い返すと、人は本当に変わっていくなあと思っていて。
見た目とかじゃないし、価値観とか性格も大きく変わるわけじゃないんだけど、
なんとなく1ヶ月前の私と今の私は違ったりする。
だから、過去にも未来にも縛られず、「今」目の前にいる人を大切にすることが大事だなあ、と改めて思いました。
「今のその人」が見えない環境なら無理にコミュニケーションを取らない方がいいかもしれない。


カルテットとその私の気づきが結びついた瞬間でした。

で、あとひとつ。
じゃあ「今のその人」って何をもって今のその人なんだろうって話。

たぶんそれは、言語じゃ説明し得ないもので、
今のその人の表情や声やにじみでる空気感みたいなものから分かるものだ。
その人を「目の前にして」そこから感じるもの。それが「今のその人」だと思う。

矛盾してるようだけど、「直接会う」以外にも「今のその人」を感じ取れる手段はあると思っていて、それは手紙の文字や写真や「その人が今の自分を込めて発した何か」だと思う。ただそこにLINEはあんまり当てはまらない。

「言語じゃない何か」が伝えるものはとても大きい。
コミュニケーションの余地はそこに求めていきたい。
言葉もとても好きだけど、非言語が生む力が大きいことはわかった上で、丁寧に使いたいものだと思う。

どんなプロジェクトや企画を進めるのにも大切な視点だと思うので、忘れずにいたいこと。
私はたくさん変わったし、これからも変わり続けるけど、忘れずにいたいことは、ある。
そしてそれはこの1年間でたくさん増えた気がしている。

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